マイブームの変遷 クソガキ編

明日は7時に起きて1919時間勉強するぞ!と意気込んではや3秒、そこには2時なのにもかかわらずはてなブログを開いてキーボードに指を滑らせている『怪異』の姿が…!

 

怪異です 皆さんごきげんよう

フォロウワワァー(黒川明人)が流行ったことを振り返る的なブログを書いてて「え、ウチもやりたーい爆笑」つって肩くらいまで伸びた髪の毛先を指でくるくるしながら会話に割り込むギャルになったので僕も書きたいと思います。

 

 

 

小学3年 自作漫画を描く

今思えばこれは僕の人生の中で一番輝いていたのではないでしょうか。毎日学校に通い、親に嬉々としてそれを報告し、毎日外で友達と遊び、暇な時間は漫画を描いて創造的な時間を過ごす。完璧じゃないですか。宿題は頑なにやらなかったけど。

 

内容はドラえもんとその周りのキャラがひたすらに意味不明かつ下ネタ満載の怪文をしゃべくり散らかすというザ・小学生といった感じのものでした。

当時は先生がめちゃくちゃいい人で、漫画が流行っていることを受け、クラスで本来必要な係に加えて、好きな係を作っていいよ!と提案してくれ、漫画係を作りました。他にもいろいろあったのを覚えてます。

 

漫画係は僕を含め4人ほど居り、(今思えば全員オタクなのですが)周りも純真無垢な小学生だったため、僕が休み時間に漫画を描いていると、「藤、いっぱい漫画描いてて、すげーな!」など、今ではあり得ない褒め言葉をもらったりしてすごく嬉しかった記憶があります。学校は個性を潰すと言われがちですが、(その通りですが)小学校で個性を存分に発揮した人は、その影響を大して受けないと思います。ソース俺。

 

ちなみに、高校2年の最初の授業で自己紹介をする時に、趣味は音楽を聞くことと言い、何を聴くんですかと先生に返され、まあ色々、クラシックとかも聴きますと言うと、クソマンコに笑われ(当然といえば当然)、マジで不愉快になったことがあります。高校、下手すれば中学から周りが怖くなっていきがちですよね知らんけど。

 

 

 

 

 

小学3年 MH3(tri)

スーパーマリオギャラクシーをやりたすぎて幼稚園をサボる根っからのゲームオタクソガキだった僕は、幸いにもハードを買い与えてくれる家に産まれたこともあり、WiiやDSのゲームは結構遊んでいました。

 

その中で特にハマったのがWiiMH3、多分モンハンの中で一番マイナーな作品です(3rdではないです)

まだクソガキだった僕は、「ハチミツください」こそ言わなかったけど、「石ころください」と言って「くれくれは帰れ」と小学生に対してはあまりにも辛辣すぎるチャットを返されたり、アグナコトル(火属性の竜)に変な属性のスラアクで行こうとしたり、結構傍若無人な感じでオンラインで遊んでいました。

 

その中でたまたま固定メンツ的な関係になった人がいて、その人たちとマジで一生モンハンしてました。モンハンは今でもTwitterの人たちとやったりしますが、モンハン好きは多分ここから来てますね。

 

固定メンツの中には男女が入り混じっており、その中で当時女子大生(らしい)の「紗羅(さら)」ちゃんと特に仲良くしてました。エロガキが。

本名でプレイしており、かつ口調も多分クソガキだったので一瞬でクソガキを見透かされたのか、かわいいね〜❤︎などと弄ばれた記憶が微かながらあります。しねや。

 

あと、誕生日だからプレゼント寄越せや❗️と言いながらチャットで住所を公開するガチのキチガイとも結構仲良くしてました。中学生の時にふと思い立って、Twitterで当時公開していた本名で検索をかけたら、らしきアカウントが引っかかり、ダメ元でDMを送ってみたら本人だったという運命の邂逅を果たしたことがあります。でもしばらくしたらそのアカウントは消えてました(なんで)。今何してるのかなあ。

 

聖母マリアのような母親に対し、親父はハードをバンバン買い与えるくせにゲームをやるとキレ出すという割と理不尽でカスのウンコマンだったので、親父がいない時にマジでバカほどやってました。親父が帰らない日は朝の4時とかまでやって、流石の温厚なママンもあぐらをかいている僕に容赦ない蹴りを入れてくるバーサーカーと化し、ひとしきり僕をいたぶった後は街に繰り出して邪智暴虐の限りを尽くしていました。

 

 

 

 

 

そして翌年の2011年、3DSが発売し、

 

小学4年 フレンドリストのステータスメッセージで会話をする

これがマジで今の僕のキショさの全てを作り出した『絶望郷("""ディストピア""")』です。Twitterで同じくらいの年のフォロワーと話した時に「フレンドリストのステメで会話しがちwwww」とキモオタ笑いと共に言うと、大体死ぬほどの共感を得られます。皆同じ道を歩んできたんだな。

 

これは1年ほど続きました。当時、超が8億個付くほどクソガキだった僕は、何を血迷ったか彼女持ち高校3年生を自称し、空想上の彼女と自分のイチャイチャしている様子を逐一説明口調でステータスメッセージに入力し、それをフレンドのネット友達に見せびらかすという、虚構に虚構を塗りたくり、仕上げに虚構を飾り散らかして作った最悪の陶器のような最悪の時期を過ごしておりました。マジで気持ちが悪すぎる。キングオブキモガキ。これにキモさで勝てるエピソードを持っている方はDMまで来てください。懺悔室の牧師ように、静かに聞きます。

 

ですが同時に周りもクソガキだったため何故か騙し通せました。意味がわからない。ちなみに僕は彼女なんかいません。今もいません。なんならつい最近失恋しました。その程度の男です、僕は。(え?)

 

内容の気持ち悪さに加え、布団の中で真夜中1〜2時まで必死で嘘の人生を構築しているという惨めさも持ち合わせていました。今思えば本気で黒歴史すぎる。燃やしたい。それで焼き芋作るかって言われると作りたくない。しかしそれより黒歴史ではないかというマイブームが待っています。

 

 

 

 

小学6年 LINE民モドキ

いや、待ってくれ。お前マイブームの変遷っつってひとり黒歴史暴露大会になってるじゃん、と思うかもしれませんが、これがマイブームなんです。キモすぎる。

 

僕は何故か小5あたりにスマホ(iPhone5s)を買い与えられ、さらに何故か周りもスマホを持っていました。当時の僕はブログを書いてみて〜!!と思いLivedoor Blogなどのアプリを入れ、マイクラPE(懐かしい)のスクショをあげたりしていましたが、飽きてやめたり、Twitterにも手を出してみたものの何が面白いのかわからず、辿り着いたのがLINEでした。

 

そこに至るまでの経緯は本能が記憶の奥底に押し込めてしまったようで、どう足掻いても思い出すことができないのですが、具体的な内容としては片っ端からネットの知らないやつを追加して友達の数でイキったり、大人数の変な名前のグループに入って変なことしゃべくったり、タイムラインで団体(w)の拡散(w)をしていたりと様々です。(今ではあんまり聞きませんね、LINE民。流石に絶滅してしまったんでしょうか。アルファツイッタラーですら聞きませんから、時の流れは残酷ですね。)

 

しかもそのLINEアカウントは普通に友達とも繋がっていたので、かなり気持ち悪いとして若干ながら侮蔑の対象になっていたことは確かでしょう。実際にそんな感じがしました。

 

ですが、流石にフレンドリストステータスメッセージ虚構一人会話異常人間時代ほどは長く続かず、ある日なぜか気持ち悪いLINE民に、グループに無限に招待される所謂「マクロ」の攻撃をされたことによって、なんだこのおっさん!?(驚愕)と言いながらアカウントを削除し、そのままやめた気がします。今思えばあいつがいなかったら…ゾッとします。

 

 

 

 

小学生時代はこんな感じでした。他にも細かいものはありますが、描くとキリがないし、そんなにデカイブームでもないし、何より気持ち悪いのでやめます。

ぶっちゃけ今Twitterに張り付きながらひたすら独り言を垂れ流していることも、現在進行形で黒歴史マイブームになっているのかもしれません、ですが人間その時が楽しければいいのです、後は野となれ山となれ、後のことは考えずに生きていきましょう。

 

多分中学生編に続きます。